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栃木県埋蔵文化財センターの
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那須 上侍塚古墳・下侍塚古墳

2026年03月30日:更新

■いにしえのとちぎ発見どき土器わく湧くプロジェクト

上侍塚・下侍塚古墳と周辺の調査
栃木県は「栃木県文化財保存活用大綱」を策定、重点項目の一つとして、重要な遺跡の調査研究と活用を掲げました。

これに基づいて、県内に8500か所を超える遺跡の中から、元禄5(1692)年に徳川光圀が発掘したことで知られる両古墳を選び、令和3(2021)年度から調査を開始しました。

  

那珂川の西側の段丘に、那須で最大の古墳である上侍塚と、二番目に大きい下侍塚が造られました。

どちらも前方後方墳で、県内に多い形です。

 

上侍塚古墳
元禄5(1692)年の発掘以後、調査を行っていない古墳です。令和3年度から令和6年度にかけて330年ぶりに調査を行いました。

西上空からみた上侍塚古墳(2021年6月撮影)

 

下侍塚古墳
昭和50(1975)年に周囲の堀、斜面に置いた石(葺石=ふきいし)、壺形土器などが調査されました。

令和6年度と7年度に墳丘部分と周囲の堀の部分を調査しました。

北東からみた下侍塚古墳(2021年5月) 1975年の調査 東クビレ部 1975年の調査 後方部東裾の葺石

1975年調査写真提供:大田原市

 

■上侍塚・下侍塚古墳と周辺の航空レーザ測量図

遺跡    那須最大級の前方後方墳 2基
所在地   栃木県大田原市湯津上
時期    古墳時代 前期(約1,650年前)
計測日   令和3(2021)年6月18日
作成範囲  南北2km・東西1.2km
計測密度  1㎡ あたり16点以上
実施    栃木県教育委員会

 

上侍塚古墳の航空レーザ測量図 下侍塚古墳の航空レーザ測量図 両古墳周辺の航空レーザ測量図

 

航空機からレーザ光で地面の高さを測り、三次元測量を行いました。赤色立体図(左)では、高い所は明るく、低い所は暗く、急傾斜が赤く示されます。

どちらの古墳も、後方部の墳頂部がやや窪んでいることが分かります。下侍塚古墳の周囲の堀がくぼんでいる様子と、北東(右上)の古墳8箇所がよくわかります。那珂川の段丘の崖からの距離は、古墳によってさまざまです。

 

■『那須記第1編』掲載の侍塚出土品絵図

『那須記第1編』は『那須記』を編纂した大金重貞の末裔(10代後)の久左衛門が、原作に校正を加え、明治25(1892)年に金港堂から刊行されました。次に紹介する『湯津神村車塚御修理』や『葬礼私考』に掲載されていない絵図もあり、興味深い資料です。

『那須記第1編』表紙 上侍塚古墳の鏡・管玉・釧 下侍塚古墳の鏡
下侍塚古墳の土師器高杯・鎧の板・大刀 下侍塚古墳の土師器壺 上侍塚古墳の鏃・下侍塚古墳の大刀

 

『那須記第1編』は、国立国会図書館デジタルコレクションでデータが公開されており、掲載した図はその中からの抜粋です。分かりやすい資料ですので、ごらんになってみてはいかがでしょうか。 『那須記』について詳しく知りたい方は、栃木県史通史編(中世)に記載されています。

 

■栗田寛『葬礼私考』(1876)の侍塚出土品絵図

水戸藩士の栗田寛が慶応二年(1866)に作成して、明治九年(1876)に京都の北野神社から刊行された『葬礼私考 附録』に掲載された、上侍塚・下侍塚古墳の出土品絵図です。元禄五年(1692)に水戸から派遣された絵師が描いた出土品の彩色絵図、またはその写図が水戸藩に当時は保管されていて、それを元に掲載したものと見られます。

上侍塚古墳の鏡・鏃・釧 下侍塚古墳の鏡 下侍塚古墳の土師器高杯 下侍塚古墳の土師器壺

京都府立 京都学・歴彩館の提供と許可により画像を掲載しています。

 

『葬礼私考』と『葬礼私考 附録』は、国立国会図書館デジタルコレクションでデータが公開されています(モノクロ画像)。
『葬礼私考』 『葬礼私考 附録』(外部リンク)をごらんください。

 

■元禄四年・五年(1691年・1692年)の調査記録『湯津神村車塚御修理』

侍塚古墳(車塚古墳)で行われた、日本で最初の遺跡発掘調査の記録です。徳川光圀(水戸黄門)の指示により、儒学者の佐々介三郎宗淳(助さん)と、小口村名主の大金重貞が、那須国造碑(7世紀末)・上侍塚古墳と下侍塚古墳(4世紀後半)を調査しました。画像を開くと、現代語の説明がついています。調査・記録方法の手本がない時代の努力が伝わってきます。

p1p2表紙・前書き p3p4那須国造碑の覆堂 p5p6那須国造碑の覆堂
p7p8下侍塚古墳の発掘調査 p9p10上侍塚古墳の発掘調査 p11-p13下侍塚古墳の出土品
p14-p16下侍塚古墳の出土品 p17-p19上侍塚古墳の出土品 p20p21出土品を入れた箱に文章を書いて埋め戻す

 

原史料は 那珂川町 大金重晴家所蔵・栃木県立文書館寄託
この史料に関する詳しい研究や、釈文(書き起こした文字)については
斎藤忠・大和久震平著『那須国造碑・侍塚古墳の研究-出土品・関係文書-』吉川弘文館(1986年)をごらんください。

 

 

 

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